01. 片道切符で歩む恋(side:雲中子)




毎朝同じ時刻にやってきて、一言二言会話を交わして、去っていく相手。
それが雲中子の認識している、清虚道徳真君その人だった。
治癒行為を求める以外の来訪者などほぼ皆無の終南山において、道徳の存在は希有だった。
だからこそ、雲中子も夜通しの実験終わりに外へ出て、就寝前の数分間を気分転換の邂逅のために使っていた。少なくとも、今日のこの今まで、雲中子はそう思っていた。
青峰山へと折り返し、走っていく道徳の後ろ姿を眺めながら、雲中子は梅の木の側から動けないまま、ただ立ちすくんでいた。
「……道徳が、十二仙に……?」
理性は言う。
清虚道徳真君は、原始天尊の直弟子なのだから、何も不可思議な事はない、と。
だが感情が問う。
――今、私は道徳の昇格を、止めようとしたではないか。
それは、何故か。
わかりきっている事だ。
天数を読めば、わかりきっている事だからだ。
――十二仙になれば、長くは生きられない。
その内の誰が、生き残るのか否かまでは、興味を抱かず正確には視てはいない。
けれど生者のその中に、道徳の名があった覚えはない。
「私は――道徳に、生きていて欲しいみたいだねぇ」
思わず呟いた雲中子は、風に吹かれ降ってくる梅の花を見上げた。
梅のその花びらよりもほんのりと色づき始めていた、恋心。
もう何年も想起しなかった感情。
それが、始まりつつあった、今この時に。
なんて酷な宣告を受けたのだろうかと、雲中子は、双眸を伏せた。

――十二仙になれば、そしてきっとなる、清虚道徳真君は、金鰲島との戦いで封神される。

「片道切符で歩む恋なんだねぇ」

道徳が居なくなるまでの間だけ、その間だけでも、想う事は勝手だろうと雲中子は思った。
封神が死ではない事を彼は知ってはいたけれど、それが紛れもない『境』で有る事もまた知っている。いつまでも、今のままで居る事は出来ないのだ。
「そうか。私は、道徳の事が好きなんだねぇ」
呟きながら、掌で、落ちてきた梅の花びらを拾った。

その花びらが、切符と重なって見えた。
片道切符では、何処にも戻る事は出来ない。
ただ、その終着駅まで、向かうだけ。

――願わくば、道徳の終着駅が、この私の側で有らん事を。

雲中子は、梅の花びらを握りしめ、くしゃくしゃにしてから地に投げたのだった。