3.儚さの演出とかもういいよ
「お前は変わらず、儚いな」
「は?」
あまりにも唐突な燃燈の言葉に、雲中子は実験をしていた手を止めた。
「実力だけであれば、お前は紛れもなくジョカとの戦闘に必要な存在だった」
「かいかぶらないで欲しいんだけどねぇ」
「かいかぶりなどではない。だが、お前はもしも戦闘に加われば、儚く散ってしまいそうで怖くて仕方がなかったのだ」
「燃燈、君が何を言いたいのかよく分からないよ」
「お前は銀杏の葉よりも儚い」
「儚さの演出とかもう良いよ。私には、それだけの力はなかった。ただそれだけだからねぇ」
「演出などではない。これが私から見た、雲中子、お前なのだ」
「どこかに私より腕の良い、眼科医はいないものかねぇ……」
燃燈は目の前に乱暴に置かれた湯飲みを一瞥しながら、微笑した。
「その不器用な優しさも変わらないな。私は正直安堵して居るんだ、雲中子。お前が、崑崙に残ってくれていたその事実に」
「君こそ自分自身の儚さをもっと正面に押し出してみたら? 崑崙山を思って姿を消した辺りを誇張してさ。ま、暑苦しすぎて無理だろうけどね」
「私は皆の思いを背負い、此処に立っているのだ。そんな私が儚くてどうする」
「全く、そこまで堂々としていられると、言葉も出ないよ。だけどね、燃燈――皆、言葉にこそ出さなかったとしても、君が落下したあの日、心配していたんじゃないのかねぇ」
「私は幸せ者だな」
「全くだよ」
「お前がそれ程までに私を心配してくれていたとは」
「いやだから、私じゃなくて、みんなが――」
「個人の気持ちなど、当人でなければ分かるはずがないというのは、お前がお得意の心理学の分野だろう。要するに私を心配してくれていたのは、お前だと言う事だろう?」
「私だって心配の一つや二つしない訳じゃないけれどねぇ。何せ、完全に音信不通だったんだから」
「寂しかったか?」
「そればっかりだねぇ、君は。なんだい燃燈、私に寂しかったと言って欲しいのかい?」
「無論だ。そうすれば私も正面から謝罪できるからな」
「謝罪?」
「一人にして悪かった、寂しい思いをさせて悪かった」
「別に私は一人じゃなかったんだけどねぇ」
「知っている。土台こそ十二仙と原始天尊様が造ったとはいえ、封神台の基盤の作成と管理は私の仕事だったのだから。雲中子と親しくしていた者の封神は、すぐに私にも伝わった」
「ああ、そう」
「だから謝罪したいのだ。お前が孤独を抱えたその時に、側にいてやれなかった事を」
燃燈のその言葉に、雲中子は唇を噛んだ。
それを、それこそ一番寂しい思いをさせられた当人の口から等聞きたくもなかった。
「何度も言うようだけどね、燃燈。儚さの演出とかもう良いよ。私はそんなに弱くはない。だから――」
二度と謝罪の言葉など口にしないで欲しいと雲中子は思った。
そして二度と、謝罪されるような場面が訪れない事を願った。
「これからは精一杯実験台として役に立ってよ」
「それは遠慮する」