「しつこいなあ、本当にしつこい」
2.しつこいなあ、本当にしつこい
「もう少し、規則正しい生活をしたらどうなんだ」
燃燈道人の声に、雲中子は不愉快そうな表情をした。
「しつこいなあ、本当にしつこい」
両手で実験台を、音を立てて叩いた雲中子は、それから半眼で燃燈を見た。
「なんなんだい、ここの所。取り立てて用もないのに、ここに来て」
「用ならある。お前の顔を見に来て居るんだ」
「はっきり言って、迷惑なんだよねぇ」
「どうして?」
「どうしてって、それは、気が散るから、その――」
「私に見られていると、落ち着けないというわけか」
「そうだねぇ」
「つまり私を意識していると、そう言う事だと受け取って良いんだな」
「受け取り方は勝手だけど、妙な言い回しは止めてもらえるかな」
「折角、異母姉様の所へも行かず、こうして顔を出している恋人に向かって、なんて言う態度だ」
「公主の所へ行っていればいいだろう、それこそ一生」
「つれない事を言うな」
「つれないも何も、しつこいんだよ君は。そもそも一体いつ、私と君が恋人に――」
「なんだ? 浮気でもしていたのか?」
「浮気だって? するわけないだろ、この私が。君と違ってね」
「嘘をつくな。私にだってそれくらい分かる」
「何が分かるって言うんだい。そもそも君と私はつきあっていた訳じゃないんだから、何処で誰と恋愛しようと自由だろう? 昔も今も」
「では、先ほどの浮気をしないという発言は何だ? 矛盾しているではないか」
「誰にだって言葉のあやぐらいあるだろう」
「だったら、お前にとって私は何なのだ?」
「私が聞きたいよ」
「私は恋人だと思っているが?」
「だからどうしてそうなるのかねぇ」
「どうして、か? 何故だ。そんなものは決まっている。私がお前を好きだからだ」
「君が私を好きだと、どうしてこの関係は恋人になるんだい?」
「お前だって私の事が好きだろう?」
「どこから来るんだい、その自信は」
「昔、私についてくると言っていたではないか」
「一体何千年前の話だい」
「つまり昔と今では気持ちが変わったと言う事か?」
「しつこいねぇ、君も」
「お前は、私の事が好きではなくなったのか?」
「しつこいなあ、本当にしつこい」
「戻ってこない方が良かったか?」
「だから、しつこいって言――」
「答えになっていない」
そう断言した燃燈は、腕を組むと小首を傾げた。
「嫌ならば、直接言ってくれ。そうであれば、検討する」
「何を検討するんだい、全く」
深々と溜息をついてから、雲中子は実験の手を止めた。
「君と恋仲になった覚えはない。君の不在中、他に心惹かれる相手もいた」
燃燈に向き直り、雲中子が告げる。
「ずっと待っている私なんて、君の中の幻想に過ぎない。離れていた間の私の事なんて、燃燈は何にも知らないじゃないか」
「これから知っていけばいい。聞かせて欲しいと思う」
「ああ、そうかい」
「私の帰る場所はお前の隣だ。そしてお前がこれから立つのは、私の隣だろう?」
「……しつこいねぇ」
「他の回答など認めない」
雲中子の腕を引き、燃燈が抱き寄せる。
半ば強引なその手に、しかし逆らうでもなく雲中子は、身を任せて俯いた。
「伏羲を探しに出かけた方が良いんじゃないの?」
「何故?」
「君こそ、彼に惹かれていたくせに」
「それでも、何よりも、お前の事を想っていた。最初から」
「嘘つき」
「この温もりに嘘があると思うのか?」
「しつこいねぇ、君」
「しつこい男は嫌いか?」
「大嫌いだよ。君の帰還を私が喜ばないはずがないのに、何度も何度も聴いてくる君なんて大嫌いだ」