1.きみ消えたんじゃなかったの?
「久しいな、雲中子」
崑崙山Ⅱから、蓬莱島に移った後、雲中子は北の外れに、新たな終南山を構えていた。
南の終わりとは、最北の事だから、だなんて詭弁を使って、過ごしやすい土地を選んだのだとも言える。
――実際、元々の終南山とよく似た気候、生態系を築いている場所でもあった。
そこで気の赴くままに実験をしていた雲中子は、来客を告げる調べに顔を上げた。
ベルの音にエントランスへと向かうと、そこには燃燈道人が立っていた。
「はいはい、何かご用かな?」
「用がなければ来てはいけなかったか?」
「つまり君は実験の邪魔をしに来たと言う事かい? 所で君、誰だっけ?」
「私の名を忘れたとでも言う気か?」
「……暑苦しすぎて、忘れたくても忘れられないけど、どうにも年のせいか――喉まで出かかって居るんだけどねぇ」
「なんだその矛盾した発言は。私は――」
雲中子の返答に、来訪者の青年はあからさまに顔を顰めた。
「燃燈……?」
しかし不機嫌が口をついて出るよりかは一歩早く、雲中子が名前を思い出したような素振りをした。
「きみ消えたんじゃなかったの?」
「戻ってきたんだ。漸く、な」
「漸く、ねぇ」
「息災だったか?」
「そうだったとしたら、私が引っ越しをする事はなかったと思うよ」
「――崑崙山が懐かしいか?」
「そうだねぇ、いつの間にか、私の中で確固たる居場所になっていたのかなぁと思うような思わないような。大体、君こそ故郷とも言える崑崙の最後に立ち会えなかったんだから、残念なんじゃないのかい?」
「私の帰る場所は、決まっているから問題はない」
「どこだい、それは」
「お前の隣だ」
「残念だけど、馬鹿につける薬は、此処にも置いていないんだよ。それとも認知症かなにかの治療が目的かい?」
「馬鹿はお前だろう。寂しかったのか? 今日は随分と饒舌だな」
「寂しいなんて感情を人並みに持っていたら、こんな辺鄙な場所に洞府を構えたりはしないよ」
「私は寂しかったぞ」
「君の感想なんて聞いていないんだけどねぇ」
「変わらないようで、安心した」
「それは私の台詞だよ」
こうして、消えたはずの旧友(?)と、雲中子は再開を果たしたのだった。