05.君についていく。




「問題は、子宮だね。人工子宮の構築は難易度が高すぎる」
雲中子は、設計図を広げながら、指で一点を指した。
太乙真人と雲中子が共同で研究をするようになって、数百年が経過した。
「宝貝人間の核自体は、現在の構成で問題ないよね」
太乙が言うと、雲中子が大きく頷いた。
――この計画は、ある種の生体兵器の製造でもある。
そのことは、雲中子も太乙自身もしっかりと理解していた。
それでも、そもそもこの研究企画の発案者である太乙には、微塵の迷いもなかった。
しかしながら、討論を重ねる中で、雲中子は自信が持てなくなりつつあった。


太乙が帰宅するのを見送ってから、一人雲中子は溜息をついた。
「どうした? 悩み事か?」
そこへ、気配無く燃燈道人が現れたものだから、雲中子は狼狽えた。
「どうやって、ここへ?」
セキュリティは万全であるはずの実験室への突然の来訪者に、驚かずには居られない。
「パスワードがすぐに分かったぞ。俺とお前が初めてあった日だった」
「……なんでそれを入力してみようって気になったのか聞きたいよ」
「最近、太乙と随分仲が良いらしいな」
「なにそれ、嫉妬?」
「そうだ」
「断言しないでもらえるかな、恥ずかしい」
「何も恥ずべき事なんて無いだろう」
「君は変わったようで、変わらないんだね」
「お前は全然変わっていないな、雲中子」
そう告げた燃燈は、雲中子の体を抱きすくめた。
「……なにをするんだい」
「嫌なら拒めばいい」
「拒むほど嫌な訳じゃない、ただそれだけだよ」
「嫌われていないと言うだけでも救いだな」
燃燈の温もりを感じながら、雲中子は静かにまぶたを伏せた。
「何を悩んでいたんだ?」
「……宝貝人間って、どう思う? なんて、君に話しても仕方がないか」
嘆息した雲中子の額に顎を載せ、燃燈は静かに呟く。
「宝貝人間は、封神計画には必要な駒だ」
「っ」
意図していなかったその回答に、雲中子は顔を上げようとした。
しかしその後頭部を強く押さえ、燃燈は胸板に雲中子の顔を押しつける。
「理想の世界を求めるために、私が不幸を産む事を止めない現実に、お前は失望するか?」
淡々とした燃燈の声音に、雲中子は俯いた。
「しないよ」
「そうか」
「君についていく」

そう答えながらも、”齣”という語が、雲中子の胸中で棘のささるような痛みをもたらした。

――私も、齣なのだろうか。

そう思う反面、それでも良いではないかと感じる自分もいた。
だから、再び告げる事にしたのだった。

「君についていくよ」