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前触れがなかったわけではない。
「雲中子、地上は南の端の崖で珍しい薬花をみつけたのじゃ。三日後あたりが咲き頃じゃろう」
珍しく原始天尊に声をかけられた雲中子は、その話題の裏に秘められた意味をすぐに悟った。


03.それでも彼は笑った




原始天尊と燃燈道人の戦いは、三日三晩続いた。
崑崙山から落ちていく燃燈を、その微笑みが異母姉である竜吉公主に向けられている事を知りながら、雲中子は落下地点を予測し、その場へ向かった。
――あの笑みは、死なないという自信だから、恐らく。
落下地点を予測した時点で、雲中子が衝撃を緩和する吸収剤をまいていた。その事が幸いし、燃燈は意識こそ無いものの、無事である様子だ。
自分より重い彼の体を背負い、雲中子は、近場の山小屋へと向かう。
事前に見つけておいたその小屋は、雲中子が薬品を整える前から、手当の準備をする品々がそろえられれていた。恐らく燃燈自信が用意したのだろう
――私は、一体何をしているんだろう。
雲中子はそんな事を考えながらも、身体は燃燈のために、勝手にきびきびと働いた。
額に載せるタオルを変え、側には飲み水を置き。
そうして半日。
「っ……」
短くうめいて、燃燈が目を覚ました。
「馬鹿って言うのは、君みたいな奴の事を言うんだろうね」
わざとらしい軽口を叩きながらも、雲中子は心底燃燈の意識が戻った事に安堵していた。
「……か、は、……ばかは、お前だ。よく……ここが、分かった……な」
「あんな見え見えの芝居、苦情の一つも言いたくなってね」
呆れたように雲中子が言う。
夜通し看病をしたため、目の下にはうっすらと隈ができていた。
しかし憔悴度で言うならば、怪我をしている燃燈の方がずっと酷い。
ただ――それでも彼は、笑った。
「お前なら、来てくれると思っていた――っ」
そう言いながら起き上がろうとして、燃燈が低く呻いた。
傷に包帯を巻いた腹部から、血がにじみ出る。
縫合はしたものの、洞府とは違うから、万全な治療は出来ないままだ。
それがやるせなくて、雲中子が唇を噛む。
「そんな顔をするな」
「元々こういう顔なんだよねぇ、残念ながら」
「――私を想ってそういう顔をしてくれているというのは、確かに悪くはないな」
「何を馬鹿な事を言っているんだい。打ち所が悪かったのかい?」
「あれが最後の機会だと思った。だから私は、自分の気持ちを正直に伝えたまでだ」
「落下の衝撃で、記憶が混乱しているんじゃないのかい? 何の話か分からない」
「お前なら助けに来てくれるだろうと信じていたから、あの時は答えを聞かなかったんだ」
「なんだい、それは。もし私が来なかったら、一体どうするつもりだったのかねぇ」
「でも、来てくれただろう」
「そりゃ、長いつきあいだからねぇ」
「親しい、友人だからか?」
「……君と私は、いつ友人になったのかな。もう長い事一緒に居すぎて、忘れてしまったよ」
「安心した」
「それは私の台詞だけどねぇ。見た目ほど派手に怪我をしていなくて良かったよ」
「違う。雲中子、お前に友人だと思ってもらえていた事にだ」
「……そうかい」
「そうだ。そして私は、それ以上を望んでいる」
「望むのは勝手だけど――」
「望むだけではなく、実現する。まずは、平和なこの世界を」
「……上手くいくと良いね」
「上手くいかせるために、私は陰で動くんだ。だから――待っていてくれ」
「何をだい?」
「再びお前の隣に立つ日の事を、だ。それまでの間、返答の期限を延ばしてやるから」
「大層な自信だね」
「それくらい、この思いは強いんだ。そしてお前への想いもな。距離なんて関係ない」
「その想いとやらを、強制される覚えはないんだけどねぇ」
「だけどお前は、待っていてくれるんだろう?」
「……」
雲中子はその時、なんと応えれば良いのか、分からないで居た。
だから静かに、己の手の指を握る。すると燃燈が続けた。
「待っていてくれると、信じている。信頼している、誰よりも」
「保証は出来ないよ」
辛うじて声をひねり出し、雲中子は応えた。
それでも、それでも燃燈は、やはり笑った。
「お前の中で、その回答はYESだろう?」
「なにをッ――」
「何年来のつきあいだと思って居るんだ、全く」

こうして、燃燈道人が不在の、崑崙山での日々が幕を開けたのだった。