02.其が望むは
其れは、はじめは一つの夢だった。
其れは、自分の弱さが生み出す幻影に過ぎないと思える代物だった。
其れは、しかし違った。
だからこそ、原始天尊は、崑崙山脈に仙道の集まる場を創造したのだ。
そこへ堕ちてきた竜吉公主と、異母弟の燃燈道人。
同時期に、金鰲列島は通天教主が治め始めた。
これは、これが、仙界の始まりの物語である。
――桃源郷。
「老子」
太上老君の夢の中に、一人の青年が現れた。
黒い短髪の青年は、ニヤリと口角を持ち上げる。
「雲中子、何かあったの?」
ジョカの夢を盗み視、伏羲である少年を庇護している師に対し、雲中子は肩をすくめた。
「何もなければ、来てはいけませんか?」
「そんな事はないけど……眠い」
「夢の中でも眠いとは興味深いですねぇ」
「――用件は?」
「私は、このまま、崑崙山にいるべきなのでしょうか?」
現在、伏羲を擁護する位置にいる太上老君が、最初にとった弟子が、雲中子だった。
ジョカや伏羲と並ぶ、尊ばれる存在の神農でも舌を巻くだろう医術に才を持つ少年。
それが、雲中子だ。
「どうしてそんな事を聞くの?」
「伏羲の云う封神計画は、殺生を招じさせる。その意図はどうあれ」
「その通りだね」
「でしたら、何故私は崑崙山に?」
崑崙山の動向を探り、老子に伝えるという役目は、雲中子も分かっていた。
しかし、日々はただ緩慢に過ぎていくだけだ。
「原始よりもずっとずっと長きにわたり、視てきた私は、君に崑崙山へ、とどまって欲しいと思っている。師の願いを叶える、それは理由にはならない?」
「では、私も諍いに巻き込まれるのでしょうか?」
「私が弟子をいらぬ喧噪に晒すと思う?」
「……――思いません」
「だったら、とどまり、助けてあげて欲しい」
それが、太上老君と雲中子の、封神計画始動前の象徴的な会話となった。
「結局私は、桃源郷に戻るのを止めてしまったんだよねぇ」
生ぬるいと感じてさえいた崑崙山の空気は、いつのまりか怜悧な色を宿し、鋭い牙で、雲中子の体を絡め取っていったのだった。
其が望むは、