「早くしろ」
「ちょっと待っ――まだ修理は、って、乾坤圏こっちに向けないで――ッ」


声無しの歌姫




乾元山から飛び立っていくナタクの姿を遠目に眺めてから、雲中子は金光洞へと向かった。
共同開発している宝貝の話し合いのためだったが、遠くから響いてきた爆発音に、常に持ち歩いている医療用キッドに自然と手が伸びる。
「や、やぁ、雲中子。ごめんね、散らかってて」
「散らかってるというよりかは、破壊された後という感じだねぇ」
「難しい年頃なんだよ、ナタクは」
「君の体力も、その怪我に堪えるのは難しそうだねぇ」
しゃがみ込んだ雲中子は、床に這いつくばっている太乙を起こした。
ナタクも本気ではないのだろうが、頭部から血を流している太乙は、見ていて痛々しい。
包帯を巻きながら、雲中子は嘆息した。
「これが君達師弟のコミュニケーションの形なら、それはそれでいいんだけどねぇ」
「ちょっと、溜息つくの止めてもらえる?」
「ナタクの自己表現の仕方は、声無しの歌姫を見ているようだよ。それに、太乙も」
「声無しの歌姫?」
「とても綺麗で澄んでいるのだろうけど、誰にも伝わらないんだよねぇ」
「私にはちゃんと伝わってるよ」
「じゃあ太乙の方が、上手く伝えられていないんじゃないのかい」
「君の所だって、よく雷震子くんにさ――」
「私ははじめから言葉で伝えようと思っていないからねぇ。私の所は、スパルタだから。体に覚えてもらおうと思ってね」
「物は言い様だよね」
「立てる? とりあえず、リビングまでなら肩を貸すよ」
「大丈夫。このくらい、声無しの歌姫の全力ソングじゃないからさ」


「だけど、子育てって難しいよね」
リビングに場所を移し、勝手知ったる形で、雲中子がお茶の用意をしていると、太乙がおもむろに呟いた。
「弟子の教育と子育ての境界線は、確かに曖昧であると私も思うよ」
「ナタクは素直で良い子だから、失敗はしてないと思うんだけどなぁ」
「君の場合は、言動が一致しないから、危ういんだろうねぇ」
「どういう意味?」
「我が子のようにナタクを育ててきたくせに、『修理』『修理』『修理』って宝貝扱いの単語が先行しているように思えてねぇ」
「そっくりそのまま返すよ。雲中子こそ、『実験』『実験』『実験』じゃないか」
「私の場合は、本当に実験をしているんだけどねぇ」
「私だって修理してるよ!」
「介抱の間違いじゃないのかい?」
「気分的にはそうだけどさ……」
「それをそのまま伝えたら、いつの日か澄んだ歌声が直接聞こえてくるのかも知れないねぇ」


「だけど私は、今のままでも、充分すぎるほど幸せなんだ」


声無しの歌姫の詩は、けれど届いているのだから。