なりきれない女優




雲中子は、遠雷を聴きながら、窓の外を見ていた。
時折稲妻が光る。
その様にスッと目を細めた彼に対し、ソファに座っていた太乙真人が声をかける。
「雲中子、何を見ているの?」
「別に」
「本当?」
「本当だよ。ただ、空を眺めていただけなんだ」
紺碧色に橙色が混じった空は、ただそれだけで見る者を不安な気持ちにさせる。
「この空によく似た景色を、前にも見た事があるんだよねぇ」
追憶に耽るように雲中子が呟いた。
それを眺めて、太乙は腕を組む。
――雲中子の昔話など、聞いた事がない。
僅かな好奇心と、友人にこんな表情をさせる過去に興味がわいて、太乙は問う。
「その時は、どんな時だったの?」
「人を待っていたのだったかねぇ……もう、忘れてしまったよ」
「――それは大切な人?」
「恐らくね」
「意外だね、雲中子にそんな人がいるなんて。私が知ってる人?」
「心外だねぇ、私にだって大切な人の一人や二人はいるんだよ」
「答えになってないよ」
「例えば君だって、大切な人の一人だよ、太乙」
「だけど私はこんな空の色の日に、君と待ち合わせをした覚えはないよ」
「大切な人が、一人じゃなければいけないなんて、誰も決めていないと思うけどねぇ」
「私は唯一になりたいな」
「誰の?」
「君の」
「さして面白くもない冗談だねぇ」
雲中子のその言葉に、太乙は嘆息する。
「本心なんだけど」
太乙のそんな声を耳にしながらも、雲中子は全く別の事を考えていた。


――あの時、世界を破壊し続けた時、ジョカは一体何を考えていたのだろう。


破壊する事をうわべだけは悲しむように、涙すら浮かべ、そして――嗤っていはしなかったか。

「なりきれない女優」

「え?」
雲中子の不意な言葉に、太乙は首を傾げた。
「自分にとって理想的な舞台――世界がないから、歪んでしまったのか、はじめから歪んでいるからいつまで経っても悲劇のヒロインには慣れないのか」
「それって、君が待っていた人の話かい?」
「違うよ。待っていた誰かを奪い去った相手の話」
「……ごめん」
「どうして謝るんだい?」
「嫌な過去を思い出させちゃったんじゃないかなって思ってさ」
「そんな事はないよ、だって忘れた事がないからねぇ」
「雲中子の頭の中に、実験以外の事があるってなんだか新鮮だね」
「所詮は私も、なりきれないんだよ”雲中子”という私自身に」