雲中子は、雷と風を用いる仙術に長けていた。
それもあって、攻撃用宝貝を制作する時も、その二つの、そう天候の力を利用する宝貝を制作することが多かった。
実際に使う場合であっても、そのどちらか一方の属性を帯びた宝貝の方が使いやすい。
その事実に最初に気がついたのは、申公豹に雷公鞭の使い方を教えた時だった。
元々老子から借り受けていたその宝貝を、弟弟子である申公豹へと渡した時のことだ。
あの時の扱いやすさがあったからこそ、天騒翼の威力も、自身の使いやすい術を念頭に置き制作した。天騒翼は、時折帰ってくる馬鹿弟子――雷震子の宝貝である。
「もういい、ふざけんな!!」
叫んだ弟子に雷を怒気の象徴の如く落とされて、雲中子は実験室の床に転がった。
怒り心頭といった様子で、雷震子は帰って行く。


噛まれる蛇遣い




爆音と、飛び去っていく雷震子の姿を目にした後、太乙は足早に雲中子の同府へと向かった。
するとそこには、血を流し横たわっている雲中子の姿がある。
「ちょっと、雲中子? 大丈夫?」
「これが大丈夫に見えるんなら、相当目が悪いんじゃないのかい」
歩み寄った太乙に対して、咳き込みながら雲中子が応えた。
立ち上がる事も辛い様子の雲中子を、太乙が静かに抱き起こす。
「雷震子くんだって手加減しただろうに、珍しいね、君がこんなに怪我をするの」
「年のせいかな。寝不足かも知れない、ちょっと反応するのが遅れてね――悪いんだけど、そこの棚の注射器とアンプルをとってもらえる?」
「良いけどこんな時にまで実験なんて――」
いったん雲中子の体を壁の側にもたれかからせてから、注射器をとりつつ太乙が呟いた。
「実験用の品じゃない」
掠れた声で応えてから、雲中子は注射器を受け取った。
それを自身の左腕の関節間際に刺す。
「悪かったね、折角来て貰ったのに、騒々しい所を見せてしまって」
直後そう続けた雲中子は、それまでの痛々しい姿が嘘のように、しっかりと立ち上がった。
「別に構わないけど――え、大丈夫なの?」
「大丈夫だよ、私の痛み止めは良く効くんだ」
「何を飲んだの?」
「脳のオピオイド・レセプターに影響を及ぼす薬だよ。よく知られた言葉で言うならば、モルヒネかな」
「麻薬じゃないか」
「痛み止めとしてこそ、本来有用なんだよ。副作用を軽減して、作ったんだ。人体実験できる機会が来て良かったよ」
「私は君の体が心配で気が気じゃないよ」
「私は幸せ者だね、心配してくれる君がいて」
「笑い事じゃないからね」
「だけどミイラ取りがミイラになる――ちょっと違うな、まるで噛まれた蛇遣いのようだね、私は」
「どういう事?」
「使いこなせていたはずの要素が、私の制御を外れた、そんな感じだよ」
けれど弟子のそんな成長ぶりが、嬉しくもある雲中子だった。
「よく分からないけど、君の所の師弟関係を見る限り、私に対して雲中子が説教しても説得力がないって事だけは分かったよ」
太乙のその声に苦笑してから、雲中子は肩を竦めたのだった。