繰り返す時計




それから数千年の時が経過した。
雲中子も燃燈道人も、青年と呼ぶのがふさわしい姿へと成長していた。
続々と道士が集まり、仙人の数も増えていった。
そんなある日の事だった。
昼下がりの穏やかな日差しの中、雲中子は実験をしていた。
試験管を静かに置いた、その瞬間――
ぐらり、と、目眩を覚えた雲中子は、視界が黒に染まった事を自覚した。
「どうしたんだい、老子。随分と急な呼び出しだねぇ」
暗いその空間には、数多のウィンドウが浮かんでいて、そこには世界各地の過去や未来、現在が映し出されていた。その中央の宙に漂いながら、太上老君は静かに目を開けた。
長いまつげが、白磁の顔に影を落としている。
「とりあえず一区切りがつくよ。もう、桃源郷から崑崙山を見ている必要はなくなる。だから貴方も、帰ってきて構わないよ」
「っ、それは――」
「伏羲を原始天尊に紹介した。燃燈道人も一緒だったよ」
「そうですか」
「もう貴方に、崑崙山の動向を報告して貰う必要はなくなった」
当初の目的を、これまで忘れていたわけではなかった。
けれどこれまでの日々の全てが、ただの『仕事』であったわけではない事は、雲中子自身が良く理解していた。
「迷っているみたいだね、雲中子。貴方はどうしたいの?」
「――少し、考えさせて下さい」
いつかは、自分から、桃源郷へと戻るべきではないのかと問うた事すらあったはずなのに、その時雲中子は、すぐに回答を出せなかった。
「考える?」
老子が静かに問う。
「ええ、崑崙山は、実験をするには適した場所ですから」
「そう。時計は繰り返すものだからね」
「え?」
「どうやら私は、繰り返す時計の針を眺めているみたいなんだ。”また”貴方が、崑崙山の仙人でいる未来が、すぐそこにある気がしてしかたがない」
「私の師は貴方です」
「だったら師の望みを叶えると思って、週に一度は桃源郷に戻ってきてくれる? 数百年の間だけで構わないから」
「わかりました。ですが、何故?」
「貴方が崑崙山に行ってから、私は新しい弟子を見つけたんだけど……何かと忙しいから、封神計画が。満足に稽古をつけてあげられない。可愛い子なんだけどね」
「つまり子育てを押しつけようと……はぁ……分かりました。用件はそれだけですか?」
「うん。じゃあ、また」
それだけ言うと、老子の姿はかき消えた。

雲中子は、白い床の上に寝ころんでいる自分自身に気がついた。

「繰り返す時計――……」
桃源郷で一人、太上老君は呟いた。
「”今回”の雲中子は、何を成すんだろうね」
そう口にしてから、老子は寝台で昼寝をしている少年――許由の髪を撫でたのだった。