鳴らない時報




「雲中子!! 修行の時間だぞ!!」
寝室のドアが、轟くような音を立てて乱暴に開け放たれた。
うっすらと双眸を開き、時計を見れば、早朝四時半。
毎朝毎朝決まった時刻に彼――燃燈道人は、雲中子の家を訪れる。
「……君は時報か何かなのかい?」
「何を寝ぼけて居るんだ。修行の時間だと言っているだろう!!」
「一人でやればいいだろう?」
「何を言う。原始だって、切磋琢磨し合った方が成長が早いと言っていただろうが」
「私は別にもう成長したいわけじゃ……」
寝台から引きづりおろされながら、雲中子は嘆息した。
崑崙山に初めてやってきた日に出会ってから、今日で三ヶ月になろうとしていた。
崑崙山にいる他の仙道達が、皆外見的に老けているせいか、見た目が同じ年頃である燃燈と雲中子はすぐに仲良く――なったわけではない。
一方的に燃燈が誘いに来る日々が続いているのだ。

「楽しそうで良いじゃない」

その日の夜、夢の中。
崑崙山の動向を報告するという名目だが、実質ただの雑談を雲中子はしていた。
いざ来てみた崑崙山では、燃燈と修行修行修行の毎日なのである。
筋肉痛にならないのは、農作業で鍛えていたからなのかも知れない。
そのくらいハードな日々である。
「そちらには、何か進展はあったんですか?」
「桃源郷は平和だよ。強いて言うなら、君が実験で爆発を起こさなくなった分、騒音も減ったね」
「……そうですか」
「冗談だよ。貴方が居なくなって、少し寂しい」
「それこそ冗談でしょう?」
「よく分かっているじゃない」
喉で笑った老子の声に、雲中子は脱力感を覚えた。
「それにしても、今日は時報が鳴らないみたいだね」
「え?」
老子の声に、雲中子が顔を上げた。
夢の中では、時間の感覚が曖昧だ。
「いつもなら、そろそろ修行の時間なんじゃないのかな、貴方は」
「別にやりたくてやっているわけでは……」
「なのにやりたくてやっている燃燈道人に勝るとも劣らない仙術が使える貴方の事を、誇りに思うよ。期待しているよ、雲中子」
「待って下さい、老子、私は――」
雲中子はそう告げて、手を伸ばした。

次の瞬間、天井に向かって手を伸ばしている自分に雲中子は気がついた。

目が覚めたのだと理解して、大きく深呼吸をする。
すると、丁度時計が九時を告げた。
「……今日は来なかったみたいだねぇ」
鳴らない時報の存在を思い出しながら、雲中子は寝台から降りた。

雲中子の耳に、その日のまだ空が暗い頃、燃燈道人の異母姉である竜吉公主が吐血して倒れたという報せが入ったのは、それから数日後の事だった。